そういえばアユタヤに日本人の記念碑があります。

長い交流の歴史
 文献によると日本とタイの交流は、600年前にさかのぼるといわれます。当時は、御朱印船による対タイ交易を通じて、首都アユタヤには、日本人町が形成されていました。この民間の交易の他に、徳川幕府とアユタヤ朝の間でも献上品や書簡の交換が行われていましたが、正式な国交を基礎としたものではありませんでした。しかし、このような交流も徳川幕府による鎖国令により衰退していきました。

 18世紀、欧米列強によりアジアの独立国が植民地化される中、日本が明治維新により近代国家建設を開始したのとほぼ時を同じくして、アユタヤ朝、トンブリー朝を経てラッタナコーシン朝となったタイ王国は、ラーマ5世の下で国家の近代化を図りつつ独立を維持しました。

 まさにこの時期、日本とタイは正式な国交を開始しました。すなわち1887年(明治20年)9月26日、「日暹(にちせん)修好通商に関する宣言」(日タイ修好宣言)により、正式に国交が開かれたのです。この宣言は、両国が国交を結び、通商・航海を奨励し、将来の条約をもって詳細を規定するという簡単で抽象的な内容のものでしたが、これは明治の日本政府が東南アジア諸国と外交関係を結んだ最初の条約でした。
外務省HP

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